美鶴の謹慎解除には、教頭の浜島の態度が大きな影響を及ぼしていたと言う。浜島は、美鶴の自宅謹慎に疑問を口にする教職員に対して強行とも言えるほどの姿勢で応対し、できるならばこのまま退学にまで追い込んでやろうとすら思っていたらしい。それが一転、謹慎解除を承諾した。学校側の処遇に非があったとは認めていないが、今まで頑なに美鶴を悪と非難してきた浜島が、こうもアッサリと謹慎解除に応じたのはあまりに異例だ。
瑠駆真の存在が大きい。
これがもっぱらの噂。
美鶴の謹慎を解除すべく、瑠駆真が隠していた身分を明らかにして浜島に迫ったのだと言う。
愛する人のために自らの身分を明らかにして学校側と対峙するなんて、素敵。
女子生徒の間では、もはやラブロマンスとして語り囁かれている。
愛する人というのが大迫美鶴というのは納得がいかないけれど、瑠駆真の行動はまさに理想の王子様。こんな存在を指を咥えて見ているだけなんて、できるわけがない。
山脇くんには、大迫美鶴なんかよりも私の方がずっとふさわしいわ。
そんな女子生徒たちが毎日のように瑠駆真の周囲をウロウロする。いや、女子生徒だけではない。瑠駆真の存在は生徒から保護者へと伝えられ、大人の間でも注目されつつある。
中東の王族。いったいどこの国なのか? 中東と言えば、莫大なオイルマネーが連日のように取引される、今や世界経済の中心の一つではないか。ひょっとしたら、その生徒を伝手に中東で新たなビジネスを展開できるかもしれない。
世界各地に拠点を置く大手企業の重役から、地元の根太い人脈を生かして手堅く地場産業を展開する中小企業の社長まで、あらゆる視線が瑠駆真へ向けられつつある。
瑠駆真が、そんなヤツだったなんて。
だがそれであれば、あのような高級マンションの一室をポンッと美鶴母子へ提供できるのも納得だ。
格が違う。
美鶴が再び学校へ通うようになって以来、聡は自分の存在を惨めに思う時がある。瑠駆真と視線が合うたび、見下げられているかのような劣等感。美鶴と目が合うたび、お前は無力だと蔑まされているかのような気分。
お前は、何もしてくれなかった。
違うっ!
聡は思わず駅舎の扉を叩く。
俺だって、美鶴を助けようと努力はしたんだっ!
そんな聡の耳に、責めるような鋭い声音。
「そうやって力任せに脅す以外に方法はありませんの?」
聡に脅されながらも、気丈に自分を見上げる義妹。
「人の弱みを握って脅すか」
くだらないとばかりに見下げるような瑠駆真の辛辣な声。
脅す。
聡はグッと拳を握り締める。
別に俺は、緩を脅そうと思ったワケじゃない。もともと悪いのは緩だ。緩が美鶴にあらぬ罪を着せようとするからこうなるんだ。
だが、いくらそう自分に言い聞かせても、それはまるで虚しい言い訳でしかないような気分にさせられる。
俺は、脅迫者だ。所詮は無力で、この手には何の力もなく、かと言って瑠駆真のような聡明な智恵もなく、ただ無様に力を振りかざしては虚しく宙を空振りしているだけ。
そうなのか? 俺ってヤツは、そういう奴なのか?
気を抜くと、扉のガラスを殴り割ってしまいそうだ。必死に己を抑え、苛立ちに震える手でなんとか扉の鍵を閉めようと試みる。声をかけられたのは、ようやく扉の鍵を捻じ込み、クルリと反転させた時だった。
「金本くん」
声に顔をあげる。直前までの怒りが顔にへばりつき、なんとも不機嫌そうな視線だったに違いない。だが相手はそんな聡に臆することなく、首を傾げた。
「あれ? もう帰るの? ってか、何で金本くんが鍵掛けてるの?」
「あぁ? 涼木じゃん」
同級生の登場は意外だ。聡が知る限り、彼女がこの駅舎を訪ねてきた事はない。学校での自分達の発言から駅舎の存在は知っていただろうし、場所も知ってはいたのだろうが、彼女がここに来る理由はない。
「何? お前こんなところで何やってんだ?」
不審そうな視線を投げつけ、腰に手をあて首を傾げ、そこでようやくもう一人の存在に気付いた。
涼木聖翼人=ツバサの後ろに、隠れるようにして身を縮こまらせる少女。
「田代?」
言いながら眉を寄せる聡の声に、里奈は一層身を竦めた。両手でツバサの右腕を握り締め、全身のほとんどをツバサの背の後ろに隠し、そこから覗き込むように顔だけを出している。
まるで捨てられた子犬のよう。ダンボール箱の中で拾ってくれる人を待ちわびて体を震わせている捨て犬のような、自分からは何もせず、ただクンクンと媚びるような鳴き声を出しては相手の気を引こうといじらしさだけを強調する子犬のような、そんな里奈の仕草が聡の胸の内に怒りを滾らせた。
ムカつく。
見ているだけでムカつく。
聡は沸きあがる怒りを抑えようともせず、地面に向かって吐き捨てた。
「お前、何しに来たんだよっ!」
叫び声とも取れる声に、里奈は身を震わせて、顔を半分引っ込ませる。一方ツバサは驚きに目を見張る。
「え? 何?」
まずは戸惑い
「何って、シロちゃんはただ美鶴に会いに来ただけで」
そこまで言って、ツバサは言葉を切る。続けようとした口を曖昧に開いたまましばらく躊躇い、だが結局は用意した続きを飲み込んだ。そうして、別の新たな言葉を声にする。
「金本くん、美鶴とシロちゃんを会わせないようにしてるんだってね」
「あん?」
何だそれ?
一瞬ワケがわからず無愛想に相手を見る。だが、陰で縮こまる子犬の存在に、今度は大きなため息を漏らした。
コイツ、何でもかんでも誰かに報告しなきゃ、気が済まねぇのかよ。
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